完全踏破! 茨城の現役火葬場
第2弾
「高萩十王斎場」
旧高萩市営(上原)火葬場跡、十王町営火葬場跡オマケ付き
第一弾の余韻も覚めやらぬまま、次の友引日には早くも第二の目的地へと
やってまいりました”煙のゆくえ@インフルエンザ”であります。(ゲホゲヒ...)
実をいうとここは前回の友引日にもやってきて、葬儀屋さんに見つかってしまい
速攻で追い返された経緯があって、今回少し緊張しておりますです、ハイ。
ちなみにこの場所は「煙の独り言@6月2日」にも登場しますので参考にして下さい。
いや〜...あの”ヘッポコ中坊時代”(笑)から二十余年、実際ここへ足を踏み
入れるのもホント久しぶりだよナ・・・
そういえばS君元気かナ???
*画像をクリックすると拡大画像が別ウィンドウで開きます。
さてと、”風邪ひき”には辛い坂道・緊張感。
再びの挑戦...って程でもないか...(笑)。
でもって、振り返ればそこに”S君”が倒れた坂道。
二人して途方にくれた怪談..じゃなかった”階段”ね。
当時のままの墓地門柱。昭和18年物です。
怖かったんですよ、中坊だったあの頃は・・・
「六道、能化、願主」
これもまた意味不明の恐怖感をあおります。
一体意味は?!・・・・今なお不明だす(汗。
ハイ、到着〜〜っと。
今日は誰もおりませんね、ヨカッタ・・・。
その場所からナニゲに右を向くと、昔の”ヤギバ”に続く細い道。
ここのレポは後でね(笑)・・・
今の”ヤギバ”の門柱。
2市町の共同利用になっています。
施設全景。
墓地から見ると崖下の、ウナギの寝床みたいな場所に
ヒョロヒョロと建っております。
一番手前にある斎場スペース。
文字脱落で意味不明(笑)。直しゃあいいのに・・・
ちなみにここは火葬棟と一体のレイアウトみたいですね。
立地条件のせいなのか、非常に長い建物です。
一番奥の茶色い出っ張りが火葬棟の排気筒です。
火葬棟の車寄せ。
「とにかく狭い」の一言です。
定礎。
築17年を迎えようとしています。
そして、炉前入り口。
モロ崖下だから中は暗そう。
排気筒。
火葬炉は3基ぐらいですかね、多分。
さてと、崖上に上ってきました。
火葬棟から斎場スペースを望んで。
敷地の狭さが良く解るアングルですね(笑)。
この場所、火葬中は結構臭いそうな雰囲気もありますね。
さっきの火葬棟入り口を見下ろして。
燃料地下タンクと作業室入り口。
燃料は灯油でした。
残骨灰保管箱。 ピント合いません(笑)。
きっと中は・・・・・・・・・・・・・・・・確認出来ず。
建物をグルッと一回り。
西側の状況です。
待合室と思われ・・・
排気筒西側。
しっかし・・・・ドキドキする物は何も無さそうです。
んん????
勘がはたらく管理人、ちょっと行ってみんべ・・・
気になる建物発見!!
中見てぇ〜〜!!。
近づこうとして、ふと足元を・・・・
ありゃりゃ〜〜
ゴトクっ!!
レンガ!!& は・・・・は灰ィっ!!
と、その時
”ぐ・・・げ・・・ぎゃ〜ぎゃ〜” 突然の声が!!
ひ・・・ひえ〜
カラスの鳴き声ブキミですぅ〜・・・
てか帰ろう。
おまけその1・・・ 旧高萩市営(上原)火葬場跡地
あの頃は・・・とっても臆病だった”煙のゆくえ@中坊”。
この辺で心臓バクバクだったような・・・(笑)。
振り返ると今も変わらず「阿武隈山地」の山並みと
KDDのパラボラアンテナがそこに。
ちなみにお決まりの昭和50年の空撮画像です。
大体のレイアウトがわかるように加工しました。
で、正面のデッカイ椎の木の右に「あの建物」はありました。
ここです!ここなんです。
↑
これがあったのは・・・。
資料によると、この画像の火葬場自体は昭和24年物で、
その後昭和46年に次の施設に建替えられ、更にその施設も
昭和62年には消滅しています。
現在の同アングル。
足が震えます、やっぱトラウマなんですね(笑)。
おまけその2・・・ 旧十王町営火葬場跡地
そういえば、日立と高萩の間にある小さな十王町にも
↑のような火葬場がありました。(既出ですけど・・・)
で、空撮@昭和50年です。
既に廃止後数年を経てますが、よく見ると「火葬場」の
建物らしき物体が写っています・・・オソロシヤ。
既出ですが、火葬場跡の現況です。
実際、ここも結構イッちゃってますよ。
マジで今でも寂しくて恐ろしい場所です。
さて・・・・第3弾は!!
「日立市中央斎場」と、「金沢火葬場」です。
おたのしみに。