煙の行方番外編”廃鉄の部屋”
期間限定公開!
”廃止40年後の定点対比を実現”
茨城交通水浜線アーカイブ特集
先日、久しぶりに立ち寄った実家の押入れの中から
古い茨城交通水浜線の画像記事を見つけた管理人は、
それをスキャンして面白半分にUPしてしまいました。
すると、元々が自己満足のコンテンツにも関らず、以外にも
結構な数の反響のメールを頂いてしまったのです。
何となく気分が良いので(笑)、仕事中に少し定点対比の
画像を撮影すべく、取材を敢行してみました。
上水戸〜大洗間営業路線略図
各停留所名をクリックすると撮影場所へジャンプします。
大学前+++曙町+++上水戸+++谷中+++馬口労町入口+++砂久保+++公園口+++大工町
(*茨大前〜上水戸は鉄道線乗入れ区間)
泉町三丁目+++泉町一丁目+++南町四丁目+++南町三丁目+++郵便局前
水戸駅前+++本社前+++三高下+++一高下+++東柵町+++本一丁目+++本三丁目+++本五丁目
浜田+++谷田+++六反田+++栗崎+++東前+++大串+++塩ケ崎+++平戸+++磯浜+++大貫+++曲松
仲町+++東光台+++大洗
営業開始:大正11年
上水戸+++水戸駅前間廃止:昭和40年6月
水戸駅前+++++大洗間廃止:昭和41年6月
全行程約18km
茨城交通茨城線乗入れ部分
「大学前終点」(軌道線)定点対比
大学前終点(鉄道線乗入れ区間)
鉄道線停留所で休む130型
昭和39年3月
現在の同地点。
右側の建物(茨城交通茨大前営業所)は当時のまま現存する。
ちなみに現在はバスターミナルとして利用中。
「大学前〜曙町」定点対比
大学前〜曙町間
専用軌道(鉄道線)を走る136型
昭和39年3月
周囲に住宅が建て込んでしまい、定点を探すのに苦労したが、
旧画像の右端に移っている民家が昔のままだったので、場所を
特定する事が出来た。
「曙町停留所」定点対比
曙町停留所
手前が鉄道線、奥が軌道線。両方のプラットホームを持つ
昭和39年3月
ここは当時と全く変わっていないのがよく分かる。画面左の
映画館(水戸銀星劇場)は当時のままソックリ残っている。
茨城交通水浜線
「上水戸駅」(軌道線起点)定点対比
上水戸駅(軌道線起点)
曙町方面を望む
昭和39年3月
上水戸駅跡現在の状況。
ここは茨城交通の鉄軌道線最大のターミナルであった。
現在某スーパーが進出して、状況が激変しているが、
軌道跡道路の曲がり具合で定点を特定した。
「上水戸〜谷中間」 定点対比
上水戸〜谷中間
R=12mの超急カーブを行く124型
昭和36年5月
ここも激しく宅地化してしまい、昔の面影は無い。
「谷中停留所」 定点対比
谷中停留所
専用軌道部分。形式129型
昭和36年5月
若干道路幅が広がっている場所があり、かろうじて
停留所跡である事を確認した。
「大工町停留所」 定点対比
大工町停留所
併用軌道に入り路面電車らしくなる
昭和33年3月
旧国道50号線上で、現在は水戸最大の歓楽街である。
交通量が激しく、撮影が困難だったので車内から撮影。
「大工町〜泉町三丁目」 定点対比
大工町〜泉町三丁目 大工町方面を望む
昭和36年11月
同じく車内からの撮影画像。
正面奥の建物は当時のまま現存している。
郵便局前停留所付近
銀杏坂から南町方面を望む
昭和32年9月
旧国道50号 銀杏坂から水戸駅方面を望む
昭和36年5月
南町三丁目〜水戸駅前
銀杏坂を駆け下る上水戸〜水戸駅前区間廃止の「さよなら花電車」
形式129 or 130型 昭和40年6月
水戸駅前に到着したさよなら電車
昭和40年6月
「水戸駅前」 定点対比その1
水戸駅前
129型ポール集電の頃
昭和27年4月
水戸駅前
Zパンタ初期の119型
昭和33年2月
水戸駅前
130型 昭和39年3月
現在の同地点。
正面は西武百貨店。ここも交通量が多く撮影に危険が伴った。
水戸駅前
ポール時代の119型
昭和27年4月
「水戸駅前」 定点対比その2
水戸駅前
ラッシュに並ぶ続行運転の単車群
昭和27年7月
水戸駅前
123型 ポール集電時代
昭和27年4月
水戸駅前
124型 昭和36年5月
旧国道50号線と旧国道6号線、そして国道51号線の起点となる
場所。正面の建物は当時のまま残っていた。
「水戸駅前」 定点対比その3
水戸駅前
ポール集電末期の134型
昭和32年3月
水戸駅前
水浜線の最新車両137型
昭和39年3月
国道51号線を大洗方面に向かって撮影。
ビルの後ろに見える樹木から定点を特定した。
「三高下〜一高下」 定点対比その1
三高下〜一高下間
JR水郡線と那珂川貨物線をまとめてオーバークロス
昭和32年6月
JR水郡線踏切から撮影。
雰囲気的には当時とあまり変わっていないのが分かる。
「三高下〜一高下」 定点対比その2
三高下〜一高下付近
上の画像とほぼ同地点を別アングルで撮影
昭和30年12月
現在の同地点。
軌道が道路に変わっている。ちなみに現在は国道51号線として
鹿島、成田方面の重要なルートとなっている。
下を見るとこんな感じになっている。
左がJR水郡線、右は旧那珂川貨物線廃線跡。
現在梅小路機関区で保存されている8630型
蒸気機関車がここで貨物入換作業に勤しんでいた
のは有名な話。
「一高下付近」 定点対比
一高下付近
旧水戸城城壁下を走る126・122型
昭和30年12月
城壁はコンクリート化されたが、当時の面影はかなり残っている。
「一高下〜東柵町」 定点対比
一高下〜東柵町
JR常磐線をオーバークロス、橋上で90度曲がる恐怖の橋梁。
橋上を行く138型
昭和36年8月
常磐線オーバークロス部の現在。
実はここの左側土手上に、十年ぐらい前まで橋台跡が残っていた。
「東柵町停留所」 定点対比
東柵町停留所
現在の水門橋付近を行く132型
昭和36年6月
水門橋西詰の東柵町停留所跡。
画面右側の建物は当時と全く変わっていない。
「浜田車庫付近」 定点対比その1
浜田車庫付近
旧型単車109型
昭和27年4月
浜田車庫付近
最新型車両の138型
昭和36年8月
現在の同地点。
ここら辺一帯は宅地化が進み、雰囲気が激変してしまった。
「浜田車庫付近」 定点対比その2
浜田車庫
昭和36年6月
浜田車庫跡。
現在は直営スーパーとして敷地が丸ごと利用されている。
浜田車庫
高床式ボギー車128型
昭和36年6月
浜田車庫
旧型単車109型
昭和36年6月
浜田車庫
開業当時の一号単車
浜田車庫
旧型単車116型
昭和36年6月
浜田車庫
更新待ちの修繕車
昭和36年6月
浜田車庫
花電車用装飾を施された単車群
昭和26年3月
浜田車庫
旧型単車車122型
昭和27年4月
「大貫〜曲松」 定点対比その1
大貫〜曲松間
海岸を行く119型
昭和15年7月
海岸の埋立てが進んで環境は変わってしまったが、道路の曲り
具合で定点が特定できた。現在の大洗フェリーターミナル近く。
「大貫〜曲松」 定点対比その2
大貫〜曲松間
海岸を行く123型
昭和15年7月
曲松停留所方面を望む。
上の写真とほぼ同地点。当時は海水浴客で相当賑わった場所らしい。
廃止直前、車内の様子。
区間廃止記念乗車券。
図柄のシルエットは形式135 or 136型