煙の行方番外編”廃鉄の部屋”
常磐炭鉱重内専用線廃線跡
かつて日本のエネルギー産業の柱であった黒いダイヤ”石炭”
煙の行方の本拠地である茨城県にも過去数多くの炭鉱が存在した。
決して炭質の良くない常磐炭田ではあるが、全盛期の昭和30年代
前半には、それでも相当の活況を呈していたのも事実だった。
今回、閉山から40年近く経った北茨城の地に今も残る廃線跡を探索した。
JR常磐線沿線にはかつて茨城県北地区の各駅から網の目のように炭鉱専用線が
存在した。代表的なものだけで...
川尻駅+++++++櫛形炭鉱
高萩駅+++++++高萩炭鉱
南中郷駅+++++中郷炭鉱
磯原駅+++++++重内炭鉱
大津港駅+++++神の山炭鉱
各々駅から炭鉱まで数kmに渡る専用線を有していた。
そして、昭和40年代前半の完全閉山まで平機関区や高萩機関支区所属の
9600型 8620型 C50型 D51型蒸気機関車が石炭輸送に活躍していた。
参考サイト: KAZZ様の ”ときわ路の鉄道趣味ページ” に稼動時のSL画像があります。
http://www.jsdi.or.jp/~k-hiyama/ *尚リンクフリーの記載がありませんでしたので、URLは
各自の判断で入力願います。
常磐炭鉱重内専用線レポート
*画像をクリックすると拡大画像が別ウィンドウで開きます。
その1 雁の倉操車場付近に残る廃線跡
ここは当時周辺に何箇所かあった炭鉱の石炭積み出しのジャンクションであった。
廃止後35年経った現在もまるで併用軌道のごとく半分埋もれたレールがあちこちに
残存している非常に珍しい遺構である。
雁の倉ヤード跡を北方向から進入すると
そこに突如現れる
廃レール。
規格30kg程度の簡易軌条。
残存する枕木。
藪の中風雨に晒されて
炭鉱へと続く
併用軌道の如きレール。
かつての踏み切りも今は砂利に埋もれた。
生活道路の一部として
そして民家の庭先にもひっそりと
草に埋もれて
駅へと向かって続くレール。
かつて本当にこの場所の
このレールの上を
炭車を牽いたSL達が走っていたのだろうか...
振り返ると
ヤマへと続く
二本の錆びた道。
今は誰も二度と走ることの無いその鉄路の上に
石炭を追いやった、自動車という名の文明が憩う。
その2 重内炭鉱付近に残る廃線跡
夕日の中に佇むガーター橋。
枕木と共に
犬釘もクッキリと
今も残るトマソン
草に埋もれ
忘れ去られた
鉄路。
遥かボタ山を目指し続く築堤
その3 木皿付近に残る廃線跡
既に日は西に傾き
今は走ることの無い石炭列車の雄叫びが聞こえる頃
夕日にギラリと光る
主を失った鉄路が
空しく駅へと続く