10月14日
日記の更新が止まって随分経ってしまった...最初は、メインコンテンツの一部として
考えていたのだが、元来自分に一番足りないのが文章作成能力だということに気が付かず、
勢いで”日記コーナー”など作ってしまったが、案の定気が付くと前回の更新から一ヶ月が
経ってしまっている。まあ、こんな状態なら、いっその事止めてしまえばいいのだろうが、
とりあえず書きたい事がまだ中途半端なので、もう少し続けてみようと思う(割といい加減
な性格なのでカンベンしてください)。
ところで、サイトを開設して既に三ヶ月半が経過した。アクセス数は順調に増えて25000を
超えるところまでたどり着くことが出来たのだが、今現在の悩みといえばやはり
”リンクが少ない”
という事である。まあ、扱うものが”物”だけに初めからリンクを増やそうなどと思っていた
訳ではないが、季節柄”ちょっと寂しいかな”など思うようになってきた。かといって、
”火葬場サイトやってま〜す、リンク募集中です”とか”火葬場サイトのオーナーで〜す!
相互リンクして下さ〜い”などと宣伝するのもチト恥ずかしい...
暫くはUGサイトに片足を突っ込んだような状態で、孤高(言い方はカッコイイ)を保って
行くしか無いのかも...なんたって”家族にも言えないサイトだし。”(笑)
というわけで、前回の”ヘッポコオチ”について続きを書きます。随分と日が経ってしまった
ので、覚えていない方は前回(9/13)から読んで下さい。(ホントしょうもない管理人ですね)
トラウマの火葬場へ一人訪ねる事を決心した”煙のゆくえ@少年A”は、ひたすら目的地へ
向けてペダルをこぎ続けていた。途中、火葬場を見渡せる陸橋の上で小休止。遠くに煙突から
さかんに煙を吐き出す”トラウマの場所”が見えた。緊張が高まって心臓がドキドキしてくるが、
どういう訳か心の中は意外と冷静だった。「な〜んだ、結構近ぇ〜じゃん」など余裕をブッこいて
いたが、そこからまた走り出そうとして気が付いた。
”足が震えている”のである。
まあ、所詮は”中坊”の事、大して深く考えずに陸橋を駆け下り、一気にその場所へと向かったの
だが、民家が疎らになってきて少しづつ恐怖らしいものを感じはじめていたのは言うまでもない。
ところで、皆様は”キリスト教の黒看板”ってご存知だろうか??...あの”天の国は近い”とか
”火の池が第二の死”とか、”死後さばきにあう ”っていうヤツ...管理人は今でもあの看板に、
意味不明の恐怖を感じてしまうのだが、悪い事に火葬場手前の電柱にこの看板が沢山貼付て
あったからたまらない。看板に書かれている台詞に恐怖はピークに達した...
「マジ怖ぇ〜、どうすっぺ」(茨城弁)などグチャグチャな精神状態で残り数百メートルを走り抜けた。
「あのカーブを抜ければ...」既に頭の中は真白である。そしてその”最後のカーブ”を抜けた瞬間
夢にまでみた”あのトラウマの場所”が姿を現した。”あとひと漕ぎ”でゴールだ、恐怖を振払い右足
に力を入れた瞬間、
「あれ〜っ、OO君じゃねーの?」...
と、喪服を着たオッサンが声を掛けてきた。我に帰ってよく見たら、それは近所の**さんだった。
「あっ...........」そういえば今朝親父が言っていたのを思い出した。
「今日は■■さんとこでお悔やみだ」と...
っていう事は.......................◎▲■×*〜@!!
「間違いなく、ここに親父がいる!」
当然、挨拶もそこそこに、逃げ出した”中坊の自分”がいたのは言うまでも無い...
”地震、カミナリ、火事、オヤジ”...怖いものの代名詞であるが、当時の自分にとっては
これが全く逆だった。”キリスト看板”などお呼びじゃない、なにより怖い”お父様”(笑)。
夕方、火葬場へ行った時の何倍もの恐怖感を抱きながら家の玄関を開けた。
その夜、何故か親父は”無言だった”
知らぬが仏...助かった...