発掘第2弾!「煙突時代のH市K火葬場」
画像引用:日立市勢要覧1956〜1959版、及び国土交通省 空撮画像
さて、苦しまぎれに始めたこの発掘シリーズですが、早くも第2弾のネタを
入手しました。今回は管理人トラウマの地であり、当サイトにおいてシツコイ
くらいに既出の、今もオリジナルに近い状態で現存する「H市K火葬場」です。
まあ、今回は独りよがりの自己満足なので、既に飽きた方は軽〜〜く流して
くださいね(笑)。
*画像をクリックすると拡大画像が別ウィンドウで開きます。
昭和31年版日立市勢要覧から記事抜粋
今回も画像入手には非常に苦労しました。現存する火葬場の画像って
ホント少ないです。 結局ノートPCとスキャナを持って「H市郷土博物館」に
出向き、スクラップされていた古い市勢要覧を片っ端から閲覧して、やっと
見つけた古い火葬場画像を複写申請して入手した正規ルート品です。
それでは参考までに、昭和49年の空撮画像を載せておきます。
位置関係を調べるのにはホント便利です。
昭和30年の市営葬儀車の利用状況=火葬場の稼動状況。
これを見ると昭和30年当時はまだ土葬が多かったみたいですね。
昭和32年版日立市勢要覧から記事抜粋
正直、最初にこの画像を見つけたとき管理人はフリーズしてしまいました(笑)。
前に小ネタに載せた1969物は完全なコラージュなので、今回本物の画像を25年
ぶりに見てしまった心の動揺は言葉に出来ないくらいです。
珍しい「バス型市営霊柩車」。う〜んと小さい頃乗りました。
側面の柩格納扉が管理人にとってこれまたトラウマです。
車体の色は確か紺色でした。メーカーは何処でしょう???
そして昭和31年度の利用状況。
登場する西光寺は当サイトで紹介した「S寺火葬場」、耕養寺は
”スキスキ動物園の記憶”に登場する「M火葬場」の旧施設です。
昭和33年版日立市勢要覧から記事抜粋
当時、このコンクリート煙突は高さ20m弱ぐらいで、天気の悪い
どんよりした日など煙が上に昇らず、手前の待合室(よく見ると
窓ガラスが割れてますね)を直撃したように記憶しています。
40年以上を経た現在、上記と同地点からの定点対比。
手前の待合室(現在は使用しているか不明)がリフォーム(サOデリア)
されていたり、隣のお寺が迫って来たりしてますが、基本的には火葬場
自体オリジナル状態をよく保っているのが判ります。
昭和32年度の利用状況。
少しづつ火葬率が上昇しています。
昭和34年版日立市勢要覧から記事抜粋
竣工当時の火葬棟。
建設時期は水戸市営火葬場とほぼ同時期(昭和28年)です。
水戸市営にも見られる妻面のレリーフは当時の流行???
同じく現在の状況を定点対比。
妻面のレリーフとロータリーの植込みが消滅していますが、
オリジナルを非常によく保っています。現存する稼動中の
火葬場では茨城県で一番古い施設です。
ここに匹敵する古さの火葬場はこの近辺だと、いわき市の
平火葬場(S28年)と内郷火葬場(S33年)ぐらいでしょう。
昭和33年度の利用状況。